くんくんナイト2019が終わって完全に抜け殻になっておりましたが(笑)、そろそろ回顧を含めてまたブログ更新していきたいと思いますのでよろしくおねがいします。

 

 

さて、脱力って大切だなあと思い始めてもう4、5年くらい経ちますかね。

 

きっかけはドラムの練習のし過ぎで右手首の腱鞘炎になってしまって、1年位まともにドラムが叩けなかったことです。

 

以前の練習の仕方は、とにかく力いっぱい叩いて、演奏中に気を抜かない、張ってくる筋肉を抑え込んで、何回も同じフレーズを練習して身体に叩き込むというような感じです。

 

まるで筋トレのようですね。

 

苦しいし、楽しくない。

 

でも、これに耐えてこそロックの破壊的な迫力のあるドラムが叩けるんだと信じて疑わなかったのです。

 

ひぐっつぁんもライブではド派手に腕を振り回して叩いているので「思いっきり叩く」ことこそ正義と思っていました。

 

そうです、当時の僕にとって「力を抜く(脱力)」はサボっていい加減にやるような意味の「手を抜く」と同義だったのです。

 

 

これは大きな間違いでした。

 

 

ドラムに限らず、スポーツや格闘技、それだけじゃなく茶道や華道に至るまで理にかなった身体の使い方をするには力を抜くことが必要です。

 

そしてそのプロフェッショナルな方の動きは見るものの心を奪うように美しい。

 

動きのなかに自然な「理(ことわり)」があるように感じます。

 

脱力さえすればすべて上手く行くというわけですけど、物事の一番ベーシックなところ、始まり、根本には脱力があるというかんじでしょうか。

 

最初から脱力している人は「脱力」を意識しなくてもそれが自然なので、たまに脱力という言葉に違和感を感じている方もいますね。

脱力だけで上手くなれるんだったら世話ないよと。

 

このように言う人、何人かいましたけど、みなさんすごく上手いですよ、皮肉でなく。

 

いるんですよ、最初から脱力が出来ちゃう人が。

 

脱力出来ちゃってて、そこから練習するから上手くなるスピードがすごく速い。

 

脱力出来てないことがどんな感じか逆にわからないのですね。

 

でも、こういう人は稀で、ほとんどの人は力の抜き方がわからない(僕もそうでした)。

 

そして力が入っていることにすら気づいていない。

 

「力入っているな」

 

と感じれるだけでもスゴイことだと思います。

 

それはベーシックが出来つつある、ということです。

 

力が入ったままだと、いくら長時間練習しても上手くならないです。

 

練習とは「力を抜く」方法を見つけることなのだと確信しています。

 

力を抜けば抜くほど、速く強くも、ゆっくりなめらかにも身体は自由自在に動きますから。

 

 

また、自分の考えが全て正しい!と言い切ることをしない考え方の柔軟性も脱力の中に含まれると思います。

 

むしろこっちのほうが大事かも(笑)

 

 

僕は脱力から生まれる身体の動きかた、考え方は、必ず人の身体に影響を与えると思いながら、いつも治療しています。

 

 

そうやって人間の身体の仕組みを考えることがすごく楽しいんですよ。

 

 

なので、今僕の治療で一番得意なものは「肩こり解消」です!

 

肩が一番力が入りやすいですからね。

 

脱力して健康、これは間違いなし!

 

ありがとうございました~!!

 

ちょっと猫背がひぐっつぁん式脱力スタイル。ちなみにひぐっつぁんもレイジーの頃からスティックをギュッと握ったらダメだとおっしゃっていたそうです。

寺沢師匠も「力入って良いことは1つもない」と言ってますよ!この写真はイメージですけど(笑)